【コラム】犬の僧帽弁閉鎖不全症2024/01/09
このコラムでは
僧帽弁閉鎖不全症は、中高齢の小型犬に多く見られる心臓病のひとつで、発症すると無症状の期間を経て、うっ血性心不全による肺水腫や運動不耐性、発咳などの症状を引き起こす病気です。このコラムでは、2019年にACVIM(アメリカ獣医内科学会)から発表されたガイドラインを参考に僧帽弁閉鎖不全症について、できるだけ飼い主様にわかりやすい表現で説明します。
当院では日本獣医循環器学会認定の動物循環器認定医が循環器の診察を行っております。心臓病で心配なことやお困りごとがございましたら一度当院にお気軽にご相談ください。
※ガイドラインではMMVD(粘液腫性僧帽弁疾患)と表現されており、他に弁膜症、房室弁疾患などと表現されることが多いですが、このコラムでは全て僧帽弁閉鎖不全症として表記します。
目次
僧帽弁閉鎖不全症とは
動物病院に来院する犬の10%が心臓病を患っていると言われています。その約75%が僧帽弁閉鎖不全症であり、世界で最も一般的な犬の心臓病であると考えられています。
僧帽弁閉鎖不全症は、左右に分かれた心臓の左の房室弁である僧帽弁に生じた変性によって弁の血液の逆流を防ぐという機能が十分に働かずに左心室から左心房へ血液の逆流が生じる病気です。逆流が生じることにより、左心室、左心房に負担がかかる事や、全身に血液を十分に送り出すことが出来なくなることは問題となります。僧帽弁閉鎖不全症の特徴を以下に挙げます。
- オスはメスの1.5倍多い
- 小型犬の方が大型犬より多い
- 発症してから無症状の期間がある
- キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルは若い年齢で発症しやすい
僧帽弁閉鎖不全症の進行度分類
ACVIMのガイドラインでは、僧帽弁閉鎖不全症の進行度に応じてステージ分類を行っています。ステージ分類することにより、各ステージにおける必要な検査や治療、生活する上で必要な注意点などが細かく示されています。進行度合いに応じた治療や管理を行う上でこのステージ分類がとても重要になります。
ステージ | 基準 | 症状 |
---|---|---|
A | 全てのキャバリアキングチャールズスパニエル、心雑音がない素因を持つ犬種 (例:チワワ、トイプードル等の多くの小型犬種) | なし |
B1 | 心雑音があるが、基準を超えるリモデリング(心拡大)が認められない | なし |
B2 | 心雑音があり、基準を超えるリモデリング(心拡大)が認められる | なし |
C | 過去にうっ血性心不全による心不全徴候を発症したことがある | あり |
D | Stage Cまでで行われる標準的な治療であっても病状のコントロールが困難 | あり |
僧帽弁閉鎖不全症の症状
犬が僧帽弁閉鎖不全症を発症した場合、しばらくは見た目でわかる症状は認められません。発症初期に一番最初に認められる徴候(体の変化)は心雑音です。心雑音は、僧帽弁での血液の逆流によって発生し、聴診器を用いて心臓の音を聴診した際に聞き取ることが出来ます。したがって、ご家庭やお散歩での様子に変化が見られないことがほとんどで、健康診断や、ワクチン、他の体調不良での診察、病院でのトリミングなどでの聴診で心雑音がはじめて発見されることが多いです。
僧帽弁閉鎖不全症は上で示したように、ステージが進行し、Stage Cの段階になるまで臨床症状は見られないことが多いと言われています。僧帽弁閉鎖不全症で一般的に見られる症状は以下の通りです。
- 呼吸困難
- 頻呼吸
- 運動不耐性
- 咳
- 失神
この中でも呼吸困難や頻呼吸は、うっ血性心不全となった場合に起こる、肺水腫によって生じていることが多く、肺水腫が重症な場合は命に関わる呼吸困難を生じることもあります。うっ血性心不全は、僧帽弁閉鎖不全症は進行し、左側の心臓の負担が増加し、心臓のポンプ機能が十分に果たせなくなった時に生じます。
咳も僧帽弁閉鎖不全症では良く見られる症状です。肺水腫が進行し非常に重篤になった場合は、気道から肺にたまった肺水腫の液体(ピンク色から無色透明の泡沫状であることが多いです)を吐き出しながら、湿った感じの咳が見られます。また、乾いた咳も認められます。乾いた咳は心臓病以外の要因、例えば気管虚脱や気管気管支炎などの高齢の小型犬が発症しやすい気道疾患でも認められます。このような病気を抱えた症例が心拡大を生じた場合、気管支に近い部分を心臓が圧迫し、咳が出やすい状態になる事があります。そのため、進行していない僧帽弁閉鎖不全症を抱えている症例が咳をしている場合、それがうっ血性心不全からの咳なのか、気道疾患による咳なのかを見極める必要があり、進行度を判断する上でとても重要になります。
僧帽弁閉鎖不全症が進行すると、不整脈や肺高血圧症を合併することがあります。そのような場合は突然倒れてしまう失神が認められる場合もあります。
僧帽弁閉鎖不全症の検査
僧帽弁閉鎖不全症の発見に一番つながる検査は聴診です。聴診は、聴診器を胸壁に当て、心音や肺の音を聞く診察時に行う検査です。リスクの高い犬種や中高齢の症例で聴診によって心雑音が聴取された場合は僧帽弁閉鎖不全症を疑い、他の検査によって本当に僧帽弁閉鎖不全症なのか、進行度はどの程度なのかを確認します。
僧帽弁閉鎖不全症の精密検査は、例外を除いて麻酔は必要ありません。
- 身体検査(特に聴診)
- 血液検査
- 胸部レントゲン検査
- 心臓超音波検査
- 心電図検査
- 血圧測定
主にこれらの検査を組み合わせて、僧帽弁閉鎖不全症の診断、進行度の確認を行います。検査は診断以外でも、病状の経過を確認するためにも行います。初期の病状で治療が必要のない段階でも6ヵ月に1回、治療を行っている症例では3ヵ月に1回程度の定期検査を受けて頂くことが推奨されています。
僧帽弁閉鎖不全症の治療
僧帽弁閉鎖不全症の治療は、内服薬を使用する内科治療と、手術によって僧帽弁の修復を行う外科治療があります。
内科治療は、強心薬、血管拡張薬、利尿剤、抗不整脈薬などの内服薬により僧帽弁閉鎖不全症を患っている心臓の負担を軽減し、心臓のポンプ機能を強化することを目的としています。そのため、内科治療で僧帽弁閉鎖不全症を完治させることは出来ません。内科治療を始めるタイミングですが、薬は症状があるから飲むのが一般的ですが、僧帽弁閉鎖不全症では症状が認められる前、具体的にはStage B2から内科治療を開始する事が推奨されています。症状が出る前から治療することにより、全体的な寿命や、肺水腫を初めとする致死的な症状が発症するまでの時間を遅らせてくれる働きがあります。使用する薬の種類や組み合わせは、それぞれの進行度合いやライフスタイルなど、様々な要因によって変わってきます。
外科治療は、専門的な技術や、人工心肺装置など特殊な手術環境が必要であり、手術を受けられる病院も限られています。しかし、内科治療で修復することが出来ない僧帽弁を修復(治す)する事が出来ると言うのが最大のメリットです。外科治療をご希望されるご家族には、手術を受けることが出来る病院をご紹介させていただいておりますので、一度ご相談ください。
まとめ
僧帽弁閉鎖不全症は中高齢の小型犬によく見られる一般的な心臓病です。発症初期は無症状で、見た目は元気ですが、進行する病気なので、症状が見られたときには比較的進行してしまっていることが多いです。
僧帽弁閉鎖不全症は、聴診によって聴取された心雑音がきっかけで発見されることが多く、レントゲン検査や超音波検査によって診断、進行度の評価が行われます。進行度に応じて必要な治療内容が異なりますが、無症状の段階でも進行度により推奨されている治療があり、病気の進行や症状の発症を送らせ、病気の進行を緩やかにする事が出来ます。外科治療による僧帽弁の修復も可能となってきています。
このように、僧帽弁閉鎖不全症は早期発見、早期検査により必要な治療やその後の経過が変わってきます。心雑音を指摘されたら、一度検査を受けて頂き、病状の把握、治療の相談をしていただくことをお勧め致します。
当院では日本獣医循環器学会認定の動物循環器認定医が循環器の診察を行っております。心臓病で心配なことやお困りごとがございましたら一度当院にお気軽にご相談ください。Web予約も受け付けておりますhttps://wonder-cloud.jp/hospitals/hagiwaraah_yokohama/reservations。
一緒に診療案内もご覧下さい
https://www.hagiwara-ahp.com/services/#sec01
Keene BW, Atkins CE, Bonagura JD, et al. ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs. J Vet Intern Med. 2019; 33: 1127-1140.